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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(オ)143号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人弁護士田上義智の上告理由第二点について。

原判決は上告人と被上告人杉本との間に本件建物について、判示賃貸借契約が存続していたところ、上告人は杉本が昭和二八年五月一日以降一ケ月一八〇〇円毎月二八日限り持参払の賃料の支払を怠つたとの理由で同年一二月一九日判示特約に基いて杉本に対し右賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、しかるに杉本はこれよりさき、同年五月二九日同月分の賃料を上告人方に持参提供したが、その受領を拒絶されたので同年八月二四日同年五、六月分の賃料を供託し、次いでその後の賃料も判示のようにそれぞれ供託したとの各事実を確定の上右契約解除の意思表示のあつた当時、杉本は昭和二八年七月分以降の賃料の支払をしていなかつたのであるが、これよりさき前記のとおり杉本は同年五月分の賃料の受領を拒絶されているのであるから、右受領拒絶について正当の事由のあつたこと、あるいはその後に事情の変更したことの認められない本件にあつては、杉本において以後各月の賃料を上告人に提供しても前同様拒絶されたものと推定すべきであるとし、従つて、杉本には右賃料の不払について不履行の責なく、前示契約解除の意思表示もその効力を生じ得べき限りでないと断じ去つたものであることは原判文上明らかである。しかしながら、右のように定期に支払わるべき賃料について、賃貸人が一ヶ月分の賃料の受領方を拒絶したからといつて翻意の上爾後の賃料を受領する場合もないわけのものではないから、その受領拒絶について正当の事由のあつたこと、あるいはその後に事情の変更したことが認められないというだけでは、爾後の賃料を提供しても拒絶されたものと推定できるわけのものではない。尤も、右受領拒絶が爾後の賃料を受領しないという明確な意思の表示を伴うものであれば、被上告人のどんな提供も結局無駄に帰するのであるから、被上告人は不履行の責を負わないわけであるが、原判決は右受領拒絶がそのような内容のものとは認めていないのである。さすれば、昭和二八年七月分以降賃料の支払のなかつたことが当事者間に争のない本件においては、原判示のように、被上告人に賃料不払の責なく、従つて、前示契約解除の意思表示もその効力を生じ得なかつたものと速断するを得ない筋合であると云わなければならない。すなわち、原判決は叙上の点において理由不備のそしりを免れないものであつて、論旨は結局理由あるに帰する。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

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